きのうは誰とも飲まずにホテルに帰り、部屋に入ると着替えもせずに眠ってしまった。翌日が週に一度のオフ日ということもあって、いつまでも寝てていいんだ、という安心感が心地よかった。いつも眠ってる気がしないもんなぁ。
目を覚ますと朝の十時だった。ドアの外ではルームメイクのおばさんたちがせわしなく掃除機をかけている音がする。起きてはいたが、急いで「起こさないでください」と書いてある札をドアの外ノブにかけた。休みの朝くらいは自分のペースでのんびりしたいな、と思ったのだ。電気湯沸かし器でコーヒーをつくり、ユニットバスに湯をはった。
窓をあけるとまた雨がふっていた。窓辺に腰かけてコーヒーを飲みながらボーっとしていると、近所のスーパー「つるかめランド」が賑わっているのが目に入った。そういえば雨の日のスーパーは安売りをしていることが多い、という主婦知識を思い出し、風呂に入ったあとでスーパーに行ってみることにした。
つるかめランドはホテルから歩いて三分ほどのところにある。ホテルのフロントで傘を借りて歩いていくことにした。
ぽくぽく歩いていると、すっかり満開になった桜の木をみつけた。粒の細かな春雨にうたれる桜もなかなか綺麗だなぁ、と思いしばし鑑賞。しっかり桜色に染められ、浮かれアタマになったまま「つるかめランド」に突入した。それにしても健康ランドみたいな名前のスーパーだなぁ。
スーパーに入るといつものクセで魚介類コーナーに直行してしまった。初ガツオが輝いていたのだ。世の中には「ギョーカイ人」という人種がいるが、きっと俺は「ギョカイ人」というものにカテゴライズされるのだろうな、などとくだらない事を考えながら魚たちを眺めまわした。よいぞよいぞ、輝いておるぞ…。
魚介コーナーではとくに貝が安く、種類も豊富だった。シジミ、アサリ、ハマグリなどは当然のようにたくさんあり、ほっき貝、ばい貝、ムール貝、ほたて貝、それにバカでかい「平貝」もあった。鉄板でバター焼き、というなんともウマそうな光景が頭にうかぶ。しかし残念ながらホテルの部屋には小さな電気湯沸かし器しかないので、豪快なバター焼きなんぞ到底ムリであり、せいぜいベッドサイドに置いてウットリ見つめるくらいしかできないのだ。それはそれで良かろう、という考えも頭をよぎったが、それでは貝がかわいそうだ、という理性がはたらいて断念、平貝さんにはそのまま魚介コーナーで冷えていてもらうことにした。
うしろ髪を引かれながら魚介コーナーを後にし、次の肉コーナーは当然素通りである。その次は乾物コーナー。俺は足をとめた。
乾物といえばラーメン、ソーメン、パスタ、ウドン、ソバといった麺類とそのスープやソースといったものが代表になるが、俺の目をとめたのはマカロニである。マカロニといえばサラダに混ざっていたりハンバーグ定食の付け合わせになっていたり弁当のすみっこでひっそりたたずんでいたり、なんとなくその存在が「脇役」あるいは「あってもいいけどなくてもいい」とか「グリーンピースよりはマシ」といった、窓際族的ぞんざい扱いを受けて軽視されている。それを俺は断固「いけないよ!」と、生徒会長のような顔をして乾物コーナーに申し上げたいのだ。
それはなぜか。
まず乾麺というものには「茹で具合」というものがある。ラーメン屋に行くとお兄さんが「メンの固さはどうしますか」と聞いてきたり、お客さんの方から「ハリガネで」などと注文したりする。パスタの場合は「アルデンテ」といった具合になる。その茹で具合というものが難しい。そして煩わしい。
その点、マカロニにまでそういった注文をする人はいない。すこし固くてもマカロニ、ぐでぐでになってもマカロニである。ソーメンなどは茹ですぎると食感が「ふ」のようになってしまうし、ウドンもだらしない。マカロニにいたっては、どんな具合になっても「マカロニ」という覚悟で食えるのだ。たいへんよろしい。
次に「茹で時間」だ。マカロニは味がパスタそっくりなのに、茹で時間はぜんぜん違う。パスタが8~10分なのに対し、マカロニは2~5分と短い。その控えめなところがいいではないか。
形もパスタに比べて控えめである。まず鍋の形を選ばない。パスタの場合、小さな鍋で茹でると端まで入りきらず、しばらく鍋からとび出たまんまになる。そこのところ「すこし主張が過ぎるぞ」と注意してやりたくなるではないか。マカロニにいたっては謙虚にすばやく鍋底にかくれ、しばしの辛抱よ、という感じで身を寄せあい息をひそめているのである。かわいい奴よ、と思ってしまうのだ。ホテルの部屋にあるコーヒー沸かし用の小さな鍋でも事足りるあたり、たいへんよろしい。
そしてマカロニをこんなに褒めるわけは、先月の神島テント旅で飢えから救ってもらった、という経験によるものが大きい。
パスタなど乾麺はザックに入れるとボキボキ折れてしまうのでマカロニを選んだのだが、この選択が大正解だったのだ。神島では嵐にみまわれテントから出られず、テント内で調理しなくてはならなかった。これがパスタだったら、茹で時間が長いのでテント内が熱気と湯気で結露してしまうし、火を長時間使うと酸欠になってしまう。米を炊くなんてもってのほかである。
マカロニはさっと茹でられて腹持ちもよく、どんなソースにも合うということで重宝したのだ。旅のおともにマカロニを選んでよかったな、と、難民状態の俺たちは涙してマカロニをひたすら食った。うまかった!!
そんなわけで、俺は乾物コーナーのすみっこのマカロニを堂々と「乾物の王様」と言い切り、ここに表彰する。断固たる確信をもって言い切ってしまうのだ。俺は眉をきりっと引きしめ、500グラム入りのマカロニを2ふくろ手にとった。
茹で時間は3分である。たいへんよろしい。