ゲレンデで濃い肢体。

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コドモたちがキャーキャーギャァーーーと騒ぎまくって楽しんでいる。

年末年始休暇に親戚であつまって、スキー場に来ているのだ。

そして僕ぼっくりはゲレンデのいちばん下で待ちかまえ、コドモたちが滑りおりてくる写真をとっていた。

 

わが一族以外にもチラホラとスキー客はいるが、雪不足もあってか非常にすくない。

そんななか見知らぬヒョロリと細長い男が、コドモたちに混じって滑ってきた。

さほど気にとめずカメラを構えていたが、細長い男の進路がなぜか僕に向かっているような気がする。

「ん? んん? えっえっえっ…!?」

細長い男は、どうやら僕の正面へと向かってきているのだ。

 

姪っ子が、

「ぼっくりちゃーん撮ってぇー!」

と声をあげながら滑っているが、いやダメだ…

もうカメラの画角のほぼ半分を、細長い男が占めようとしていた。

 

男はさほどスキーが上手くないようで、すぐにハグでもできそうな『恋人の距離感』で止まった。

僕のショートスキーと彼の長いスキー板はすでに交差している。

なんともいえない時間が流れた。

横のほうを姪っ子が通りすぎていったような気がするが、それも分からないくらい視界がない。

いま起こっている事態にたじろぐ僕のカラダは、自然と後ずさりの体勢になっていった。

 

その時である。

「写真を…とります!!!」

とても力強く、細長い男は言った。

告白されたのかと思った。

 

だがしかし「写真をとります」というのは、一体どういうことなのだろう。

すこしずつ後ずさりしながら、混乱するアタマで考えた。

僕の写真を撮ってくれるというのか…?

いや、いらない。

もしかしたら細長い男は、僕のカメラに写り込むのを嫌って怒っているのか?

それとも「いやぁー私もじつは趣味で写真を撮るんですよぉ…」などと親近感をもって近づいてきたのか?

ミラー調のゴーグルをつけた男の表情はうまく見てとれず、その鏡面には僕のおびえた姿がちいさく映っているだけであった。

 

またゲレンデの遠く上のほうから、次はムスコの声がした。

「オトーサーン行くよー撮ってぇー!」

ごめんダメなんだ、今はダメなんだよ。

僕は男の挙動に全集中していた。

 

すると男は長いスキー板にギクシャクしながらすこし後ろにさがり、ゆっくりと手袋をはずしたら、それをキレイにそろえてポケットにしまった。

そしてストックをぴっちりそろえて、ゆっくりしゃがんで雪面に置き、またゆっくり立ちあがった。

つぎはポケットをさぐりはじめた。

右前のポケットを丹念に探っているが、なにも出てこない。

 

「ぼぉっくりさぁーん!撮ってるぅー!?」

甥っ子の声がした。

ごめん撮ってない。

男は右前のポケットをあきらめ、すこし左前と右胸のポケットを同時にさぐりはじめた。

ゆっくりと。

それを正面でながめる僕、という図である。

 

左前ポケットの手が左胸ポケットに上がったとき、男はピタリと止まった。

すこし口元をほころばせながら胸ポケットから出したのは、ふつうの黒いスマホであった。

ラブレターや拳銃でなくて良かったが、安心するのはまだ早い。

そのスマホのカメラは、一体どちらに向けられるのか?

写真を…とります!!!の意味とは。。。

 

細長い男はゆっくりと、ながい手をのばしてスマホをこちらに差し出した。

なるほど「撮ってくれ」という意味だったのか。

だがすぐに慌ててカメラアプリを起動させている。

なんだ…ちゃんと急げるんじゃないか。

そしてまたスッと手をのばしてスマホを差し出した。

 

その距離、3m。

ハグできそうな至近距離で黒いモノを差し出されるのもチョー恐いが、3mもまあまあ困る。

僕はもう早くこのやりとりを終えたくて、スケーティングをして急いで受けとった。

「ぼっくりさぁーーーん!」

甥っ子が視界のすみに入った。

 

僕は「撮ります!!」と言ってスマホをかまえたが、男は手のひらで『待って』のポーズをとった。

ゆっくりと手袋をはめ、ゆっくりしゃがんでストックをもち、そしてゆっくりと立ちあがってポーズをとる…

 

その時であった。

ずっと一面グレーだった雲の切れ目から一瞬だけ太陽がのぞき、男にパァーーッと後光が差したのだ。

山の北斜面にあるスキー場の、その頂あたりからの光に神々しく浮かびあがる男の姿。

キラキラと反射したゲレンデをバックに、その細長いシルエットがまるでモデルのようであった。

縦向き、横向き、すっと前に寄って、また後ろに引いて…4枚の写真をとり、男にスマホの写真を確認してもらう。

気に入ってくれたようで、スマホをはさんだ手で合掌し、すこしお辞儀をした。

 

すると何てことだ…また一瞬だけ雲の切れ目から後光が差し、まるで三蔵法師ではないか。

僕はさすがに笑ってしまい、その笑いの意味がわからない男はまた軽くお辞儀をして去っていった。

いや去っていかない、去ろうとしているが長いスキー板がそう簡単に彼を進めてくれないようである。

 

「ぼっくりさぁーーーん!!」

慌ててカメラをむけた甥っ子の写真のはじには、まだ男の長いスキー板の後端が映り込んでいた。