暖簾の奥の桃源郷

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 けたたましく菅原モータース前に乗りつけた我がチャリンコ隊は(といってもKと俺の2人だが)、そのけたたましさの割にはおとなしく自転車パンクの経緯を告げた。菅原モータースの対応はとてもよく、すぐに新品ピカピカの自転車に換えてくれた。最初っからそっちを貸してよ…という気持ちはそっと心にしまっておいて、キシミ音ひとつ出ないニューチャリンコにご満悦。さぁ、けたたましい異音にオサラバした我らは、次は空腹にけたたましく腹を鳴かせながら、やま一荘に向かう。
 玄関前の急階段のあたりからすでに香ばしい魚介たちの匂いが漂っていた。ハァハァ言いながら部屋に荷物をぶん投げ、もう駆け足で食堂に向かうしかない。 

 食堂の暖簾をマラソンのゴールテープのようにくぐり、そしてその目のまえに広がるは失禁寸前の光景であった。魚たちが輝きを放ちながら広いテーブルを埋めている。また隣のテーブルではそれをむさぼり食うオッサンが一人。そこにお吸い物をはこぶ女将さんが「イカは釣れたの?」と聞いてきたのだが、「いやぜんぜん」とキッパリ答え、そんなことはどうでもよくなった食いしん坊の俺とKはすぐさま着席してワリバシを割る。…と、その前に写真撮影である。いっつもその感動の光景を写真におさめるまえに喰らいついてしまい、無残にも7割方食い散らかされたころにハッと思い出し、写真をパチリと撮ってはみるものの、もうトキすでに遅し、だいたいウマイものから我が腹に収められアノ世に逝ってしまった後だったりするのである。
 よし、今回は大丈夫だ。とその時は思っていたのだが、後日写真を確認すると、やはり極度のコーフンにより、愛する魚介たちは見事にブレて写っていた…。

 写真はしかたがない。後日悔やんだって今さらピントの芯はビシャッと改めて揃ったりはしないのである。それよりリアルタイムに目の前にひろがるキラメキのほうの問題だ。すこし動悸をおちつけて、お料理たちの紹介をしよう。
 まず、この時期の島の代表格「ワタリガニ」の塩ゆで。ものくごい濃厚なミソがでんでろりんと甲にタプタプしており、甘みたっぷりな身がギッシリ詰まっている。そして播磨灘のタイ・アジ・サゴシのお造り。特にタイの脂ののり具合がハンパない。その隣にはカワハギの煮付け。肝のうまみが身に染みわたっていて涙もの。さあ出ました、俺の大好物、シャコの塩ゆで。家島のシャコは身の弾け具合と甘みがたまらんのです。続いてはハリイカのイカメシ。小ぶりなイカの身にもち米と肝が入って甘辛く煮てあり、一口でそれを頬張ると口のなかでコリコリモッチリと絶妙な加減の煮汁がひろがります。圧巻。さらには島エビの唐揚げ。これはキン!と冷えたビンビールにあう最高のおつまみ、サクサクの歯ざわりおよび塩のピリカラによって、豪華な食事のなかの一休憩ポイント的な役割をはたしておりました。そして箸やすめの代表、鯛のアラの潮汁。やさしくあたたかいこの汁に漂うメンタマを喰らうのが俺は好きだ。最後には、目の前の海でご近所さんが釣った小アジの焼き南蛮。新鮮な小アジのワタをさっと引き、即座に強火で表面をこんがり焼き色をつけてから、少し酸味を強めに南蛮漬けにしたもの。丸ごとかぶりつくが良し。

 ふと対面のKを見ると、俺みたいに料理に見とれたりせず一心不乱にぐいぐいと食いすすんでいる。その奥のテーブルではオッサンが食い終わって歯をシーシーしながら、女将とよもやま話を交わしている。さすがこれだけウマイ料理を出す女将だけあって、何年ぶりかの同窓会の席で食った料理はせっかく海沿いの町なのに冷凍ハンバーグなんか食わされて最悪だったとか、ツアー旅行でスカスカのカニを出されてまで何で北海道に行ってしまったんだろうか、とか、最近食った肉では三田の牛が最高だったとか、食の話題がたえず楽しかったが、だんだん俺らの私生活や人生設計にまで話題が及んできたので、面倒になるまえにぐあっとビールを飲み干し部屋にもどった。
 もうこの時期、暖房なしでは部屋は寒い。効きの悪いエアコンを入れて、風呂に向かった。
 楽しみにしていた露天風呂は、もう寒い季節だからか天井に板が張られていて空はみえなかった。シーズンオフなので客はさっきのオッサンと俺とKだけで、風呂もタイミングを計れば貸しきり状態だ。ジェットバスの泡におどらされてもみくちゃに湯を楽しんだあと、ホクホクになって部屋に戻った。小さな民宿なので自分で布団を敷く。すこし窓のそとの港の風景と満天の星をながめながら一服楽しんだあと、すっと寝入った。翌朝、早起きして再度イカ釣りにチャレンジするつもりだ。