徳島県の離島「伊島」。跳ねる連絡船で癒やしの民宿へ。

当サイトは著者ぼっくりが気になったり買って良かったモノ等の紹介に一部広告リンクを使用しています。

就職ホヤホヤでヘトヘトの毎日から、離島へ。

2007年、冬。

就職したてでヘトヘトの毎日に、あたまはパンク状態でわぁぁぁぁぁ!!!となっていた。

そこで半年に一度もらえる休暇をつかって徳島県阿南市の「伊島」へ、あたまリセット旅に出たのだ。

 

とにかく何もしないぞ!と決めて、一人住まいのアパートを出発する。

ド平日の出発なので通勤通学ラッシュの時間をさけて電車に乗ると、座席はガラガラのひとりじめ状態であった。

乗り継ぎのたびに何か食うモノを買い、そして缶ビールを補充する。

さすがに時間を選ばないと、こんなことはできなかっただろうなぁ…。

ガラッガラの乗り物から車窓をながめながら、柿ピーなんぞをつまみつつチビチビと缶ビールをすすって進んでいった。

 

しかしなかなか時間がかかったぞ。

午前中に出発した自宅から、地下鉄烏丸線・高速バス・JR牟岐線・そして阿南市の答島港から連絡船みしまに乗り継いで、伊島に着く頃にはもう夕方になっていた。

荒れた海をちいさな連絡船で、40分ほどバインバインバイィィィーンと跳ねながら到着。

 

そうしてやっとこさ上陸した伊島、その景色にはっと息をのむ。

大荒れの海に、きらんきらんと反射する夕日。

それに照らされ、圧倒的な自然の濃さをみせる島の姿。

ごうごうと吹きすさぶ風に、踊りくるう港の漁具たち。

外洋の海のきびしさを感じさせる、要塞のようにせり上がったデカイ堤防。

ステキな路地がほそくほそく、島の奥へと続いているのが見える。

 

あぁ、ここには上司もノルマも報告書もなんにもカンケーない世界が広がってるな。

なんだったらもう、このまま島民になっちゃったって俺はいいんだからなっ!

そうして出てきた言葉をゴクリと飲みこみながら、京都のあたりをギッと睨んだりしてみた。

でも、まあなんだ。

このまま港で冬の暴風にずっとさらされてるワケにもいかないので、感動の景色をひとまず目にしっかり刻んだら、そそくさと今日のお宿「桧垣旅館」へと急いだのであった。

 

魚貝とおばあちゃんの温かいお出迎え。

桧垣旅館は伊島港のすぐ目の前にある。

戸をくぐると、80歳くらいのおばあちゃんが出迎えてくれた。

寒いだろうと気遣い、はやめにお風呂の用意をしてくれているようだ。

せっかくなのですぐに入らせてもらうと、なかなかに長かった道中の疲れと、また日々の緊張感もいっしょに溶けていく。

すこしずつ、心がほどけていくような気がする。

トゲトゲしていたものが落ちていくようだ。

 

ほっかほかになった体で、通された2階の部屋から外を眺める。

あ、そうだ、まだカバンに缶ビールが1本残っているじゃないか。

そいつをパシッと開けて、ひとり乾杯。

そうしてくつろいでいると、おばあちゃんが「ごはんができましたよ」と教えにきてくれた。

 

豪勢な海の幸が食卓にならぶ。

おぉぉぉ…と、思わず感嘆がもれるほどであった。

ここでもビールを注文し、到着した初日はとにかく日常を忘れることに専念したのだ。

 

伊島の日常に踏み入る。

島にくるといつも早起きになる。

それは離島はやはり漁師さんが多くて、早朝から物音がたくさんするからだろう。

伊島のそれは比較的しずかだったが、日常を離れたワクワクもあってか目が覚めたのは5時前だった。

 

まだすこし昨晩のビールが頭に残っている気配がするが、さっと着替えて外に出てみる。

夜にごうごうと吹き荒れていた風はすっかりやんでいたが、たっぷりと水分を含んでいるであろう空気が頬に冷たい。

港に向かうと、ドロロロロロロと漁船がちょうど帰ってくるところに遭遇した。

とってきた魚が陸に揚げられ、すぐ近くの小屋のようなところに運ばれていく。

覗いてみると、夫婦ふたりで向かいあって早速その魚を捌いているようだ。

そしてその手さばきの早いこと。

「写真撮っていいですか?」と聞くと、手を止めないまま頷いてくれた。

「あんた、どっから来たのん。」

「京都です。」

「ひとりで?釣りかい?」

「いや、釣りは好きだけど何も持ってきてないです。今回はちょっと写真を撮りに。」

「そうかい、ならカベヘラとか湿原とか見にいくといいよ、そこに案内の看板があるから見てみ。」

と、ちょっと手を止め指さして教えてくれた。

 

僕ぼっくりはそういう景色を撮るよりも、島の人を撮るほうが好きだ。

邪魔にならない程度に撮らせてもらい、お礼を言ってからまた港を歩いてみた。

網を繕っているご夫婦がいる。

「写真撮っていいですか?」

「こんなもん撮ってどうするん!あっはっはっは!」

豪快に笑うおっちゃんおばちゃんと少し話をしながら写真を撮らせてもらい、そこでもまた教えてもらった「カベヘラと湿原」が今日の予定になりそうだ。

伊島の見所なのだろう。

 

宿に戻ると、桧垣旅館のおばあちゃんは朝食を作ってくれているようだった。

カベヘラと湿原について聞いてみるとやっぱり、見にいくと良いですよ、とのことだ。

「それならお昼にそっちで食べられるよう、おむすび握っておきますねぇ」

なんとも嬉しい心遣いである。

朝食もシンプルとはいえ、また海の幸がたくさんあった。

「海のもん以外は、それこそ米くらいしかないねぇ」とケラケラ笑うおばあちゃん。

いいのいいの、むしろそれがいい。

島にはそれも求めて来てるんだからね。

 

カベヘラ、湿原、弁才天。

満腹になって部屋でゴロリと休憩したら、そのカベヘラや湿原に行ってみることにした。

握ってくれたおむすびをカバンにいれて出発だ。

まずは案内看板をみて位置をおおよそ確認しておく、ふむふむ。

まずはカベヘラに向かうのが近くて良さそうだ。

 

カベヘラへは少しのぼり坂の遊歩道がつづいており、その木々のなかの遊歩道から景色がパッとひらいた。

おぉぉ!美しい!!

岩のガケから太平洋をどでかく望む。

昨日とはうってかわって穏やかな海面にキラキラと陽が反射していて、それが視界のずーっと先まで続いている。

すばらしい絶景だが、こんなド平日に観光客などはいないようで、ずーっと独り占めであった。

のちにシマダスで調べたのだが、カベヘラといわれるこの岩のガケには下に洞窟があり、波のある日には高さ30mもの潮を吹きあげるのだそうだ。

あとで気がついたので仕方がないが、嵐のような昨日の波であればきっとその30mの潮を見られたであろう。

まあその時はそんなことはつゆ知らず、ただただ目尻をさげて太平洋を眺めていた。

水の透明度はすこぶる高く、この岩場にはサザエやアワビがたくさん棲んでいるのだろうな、などと思いながらしばらくボーーーッとしていた。

遠くの海上にときどき漁船やフェリーが通過していくのを、ぼんやり眺めて過ごす。

 

なんなら今日一日ココでいいかな…というほど一人この岩の上でくつろいで小一時間すごしたが、まだ湿原にも行かねばならぬ。

こんなに気持ちのいい岩場でゴロリとしたあとに湿原などジメジメ湿っぽいところに行くのヤだな、とか思いつつ、まあそれは早起きでただ眠くてゴロゴロしていたいだけだろう。

仕方ないなよっこらしょう、と腰をあげて遊歩道をやっと進む。

くねくねと入りくみながら整備された遊歩道は、だんだんと土の林道になり、細道になっていった。

途中に立派なダム池があったが、おそらくこれが島の人の水事情をささえているのだろう。

(のちのシマダス調べで分かったが、やはりダムの建設前は厳しい水事情だったようだ。)

 

お地蔵さんのある峠をこえてしばらく歩くと、やっと木々のあいだから大きな湿原が見えた。

それはなかなかに壮観で、でかい海をバックに冬の枯れた植物の黄金色がまぶしいほどである。

…けっこうな距離だったけど、歩いた甲斐があったなぁ。。。

そこそこ高度のあるこの場所から湿原まで降りてみたのだが、高度をさげるほどに湿原のダイナミックさが分からなくなってしまった。

さきほどの山のうえから眺めるのがいちばん良いのだろうな。

 

ひとまず島民おすすめのカベヘラと湿原を見終わってしまったので、いったん集落へと戻ることにした。

途中にある石段のうえの神社にも寄ってみたが、そこから眺める集落の軒並みもまた良かったなぁー。

すっかり満足のヒトになってしまっていたが、まだ午前中であった。

そしてカバンには桧垣のばあちゃんが握ってくれたおむすびがある。

まだまだ島をあちこち歩くがよい、という状況だ。

 

港のある集落をはずれまで歩くと、そこから先は岩場と、ゴロタ石の浜が続いていた。

浜の漂着物をいろいろほじくりながら歩くのはとても楽しい。

神島でも同じであったが、海の浜にはおもしろい漂着物がたくさんある。

まず多数のプラスチックゴミは、飲料ペットボトルのほかに洗剤ボトルなども多い。

飲料ペットのポイ捨てはたまに聞くが、洗剤ボトルのポイ捨てなんて誰もしないだろうに不思議なことである。

また靴もよくあって、そして数メートル離れて左右ペアで漂着していることが多いから面白い。

 

そうこうして波打ち際をあるいていると、ちっちゃな祠のある岬についた。

さきほど案内看板の地図で見たのだが、これは「弁才天」であろう。

弁財天ではなく弁才天と書くあたり、なにか意味があるのだろうか。

その脇にはほんとに小さく掘り込まれた港があり、これが旧港だな。

その旧港のちっちゃな堤防のうえで、おむすびを頬張る。

ホントに風もなく穏やかな日で、昆布おむすびのウマさと海面のキラキラ、そして無風でポカポカした陽気にもうノックダウン。

波のむこうに四国徳島の街をとらえながら、そのまま堤防で昼寝してしまうのは自然なことでしょ。

 

「桧垣旅館」という民宿の癒し。

気がつけば夕方ちかくまで弁才天のまえの旧港でうつらうつらしていたようだ。

もう陽がかなり傾いていて、ポカポカ陽気とはいえ真冬の海辺にカラダがすこし冷えた。

いっけねーテヘッと立ち上がり、宿に戻ることにする。

そして海をみながらゴロタ石の浜を引き返していると、ん?

波打ち際にある岩にくっついてるアレは…アワビ??

えっ、こんな無防備に浅瀬にいるの???

 

靴をぬぎ片足だけ海につっこんで、そのアワビをおもむろに掴んだ。

思いがけないほど簡単にパコッ!と獲れて、元気にうねうね動いているぞ。

実はカバンにはいつも小型ナイフと醤油の小ビンと箸が入っているので、その場で食える。笑

島旅にくると、いつどこでシアワセな魚介に出くわすか分からないので、いつでも捌いて食えるように常備しているのだ。

…だけどダメだ、このアワビは島の宝物。

これを獲って売ることで島の人々は生計をたてているわけで。

しばらくジーーーッとにらめっこしていたが、うんダメだよと元の岩にもどす。

右足がすこぶる冷えただけに終わった。

 

冷えたカラダと右足で宿にかえると「お風呂もう入れますよ」とおばあちゃんが言ってくれた。

なんともありがたい。

見られていたのかと思うくらいだ。笑

 

「旅館」のわりにずいぶん小さく「民宿」というほうがしっくりくるココ、桧垣旅館に、いま宿泊しているのは僕だけのようだった。

ありがたく今日も一番風呂をいただく。

冷えたかわりに、僕のカラダをすっかり島の空気で満たすことができた。

もうなにも文句ない、文句ない。

そうしてポッカポカに温まったカラダに唯一たりないのは、ビールと魚貝たちである。(唯一ちゃうな)

 

風呂から上がると、いつでもごはんできますよ、という。

なんだ…と?

もう僕の心を読まれてるのかと思うくらいの、ジャストタイミングである。

返事は「お願いします!」しかなかったし、もちろん冷えた瓶ビールも注文したのは言うまでもない。

 

そして驚くことに、ただでさえ魚介づくしの夕食のなかにアワビがあった。

うねうねと動いてるうえに、めちゃくちゃ巨大である。

さっき食うか迷ったアワビの倍以上あるぞ。

なんでも「今日のお客さんに急なキャンセルがあってねぇ…」とのこと。

なんか神様っているのね、やっぱ見てたのね、って天井をあおいだよね。笑

網で焼く用意がされていたけど「お刺身にできませんか?」とワガママを言ってみたら笑顔で快くOKしてくれた。

魚は刺身に焼きに煮付けにと、ふんだんに盛られていて。

さらに巨大アワビのお刺身も追加されたわけで…

もう瓶ビールがすすむわ、すすむわ。。。

優しいおばあちゃんといろいろ話をしながら、しこたま食って飲んでさせてもらった。

ひたすらにシアワセな夜であった。

 

2階の部屋でやわらかく温かい布団にくるまりながら、明日もう日常に帰らないといけないことが頭をよぎる。

でももう島の人と自然にいっぱい充電してもらったので大丈夫だ!と思えるようになっていた。

 

連絡船が来るまでの徘徊。

ぐっすりと熟睡して、起きたらもう朝食の時間だった。

いつものごとく少しアルコールの残る頭でごはんをいただく。

昨日しこたま食べたばかりのような気がするが、シンプルな朝食はするすると入っていく。

そして相変わらず魚がウマいのであった。

この食事で、桧垣旅館とはお別れである。

 

荷物をまとめ、おばあちゃんに「また必ず来るよ、お元気でいてください」と挨拶をした。

桧垣のおばあちゃんの優しさにいつも見守られていたような、この伊島の滞在。

写真を撮らせてもらって、いよいよ桧垣旅館をあとにした。

 

まだ連絡船の時刻まですこし数時間があった。

そしてまだ歩いていない場所がある。

「前島」だ。

 

ここ伊島には隣接してあと2つの島があり、四国から近い順にいうと「棚子島→前島→伊島」と並んでいる。

人の住んでいるのは伊島だけだが、伊島と前島はちっちゃな橋で繋がっているようなのだ。

これは島好きとしては、行ってみないといけないだろう。

 

伊島港の堤防の先っちょあたりから、コンクリート製の細い橋が出ていた。

これが前島に繋がっていて。

わずか30m足らずであろうその細い橋をわたると、草まじりのグランドになっている。

そのグランドの用具入れのような物置でなにかの作業をしているオジサンがいて、振り返りざまのオジサンとパチッと目が合った。

「何してるん」と聞かれる。

「連絡船がくるまでの間、ちょっと散歩してるんです」と答えると、

「ん、そっか。」と言ってまたオジサンはすぐ作業にもどった。

あまり旅行客のくる場所でないのか、不審に思われたのかもしれない。

ド平日の午前中に島民しか来ないようなグランドに足を踏み入れる者…たしかに不審かもしれないなぁ。

 

でもせっかくだからと、その前島もくるくる徘徊させていただく。

この先にはまた隣の棚子島の岩山もどどんと迫力をもってそそり立っており、めちゃくちゃ秘境感ただよっていて渡りたくなる。

だが棚子島は橋でつながっていないので、ここからジットリと見つめることしかできない。

もし夏なら泳いで渡りたいくらいの距離感であるが、こういう島と島のすきまの海峡はだいたい流れが速いので、それも危険だし叶わないのだろう。

「じゃあまた、いつか。」みたいな目線をおくることしかできなかったが、まあそれは仕方ない。

伊島と、そして前島にも上陸!ということにはなった。

 

波間に連絡船のすがたが見えた。

徳島の答島港から、白波をたてて伊島に向かってきている。

 

あれに乗って帰るわけだが、なんだろう。

伊島に向かう船のなかではまだ日常から逃げたい一心だったが、今はずいぶんと違う。

しっかり島の空気を吸いこんで、もうエネルギーに満ちている。

きっと大丈夫だ、ちゃんとうまくいく。

 

また数時間かけて、日本一でかい島「本州」に帰るぞ。

そこには上司もノルマも報告書も待っているけども、もう大丈夫だ。

きっと何もかも、うまくいく。