道楽的かにかに

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 かに道楽に行ったのは幼稚園生のとき以来だった。姉の結婚式に出席するために、わざわざ大分県から来てくれた親戚をオモテナシしようと「かに道楽」行きを決めたのだ。しかし金を出すのは俺ではなく親父である。そして俺は親戚のオモテナシという名目を使って、「カニだカニだ!オモテナシったら昔からカニと決まってるのだ!」とわめき、つばをまき散らしながら力説したのである。「オモテナシにはカニ」なんて昔から聞いたこともないが、まあとにかく念願のカニにありついたのであった。
 なぜそこまでカニが食いたかったか。

 話は数週間前までさかのぼる。
 俺の職場はショッピングセンター内にあるのだが、そのショッピングセンターには催事場があり、お中元フェアだのジャズセッションライブだの、いろんな催しが開催されている。問題はそこで開催されていた北海道海の幸フェアの、かにみそ缶なのである。
 休憩時間にその海の幸フェアをのぞいてみると、棒タラ、イカの沖漬け、いくら醤油漬け、鮭とば、ホタテわさび、などが肩を寄せあって俺を見つめていたのだ。きっとエスカレーターに乗ったあたりから、すでに見つめられてたように思う。そして催事場に着くなり、目の前にひろがる魚介たちのあまりの熱視線に、しばし金縛り状態におちいってしまった。
 はあはあはあと荒い息をつきながら我にかえると、すでに俺は催事場を歩きまわってオサカナたちを物色していた。しかしまだ仕事中で、今これらを買っても帰る頃には腐らせてしまうし、棒タラなどは長すぎてカバンからとび出してしまう。ビジネスバッグから棒タラがとび出しているような奴にはなりたくないな、と思い、乾物の長モノ系は却下。そんなことを考えながら、缶詰コーナーにたどり着いたのである。

 かにみそ、という文字が目に跳び込んだ。すこしクラッとした。高鳴る鼓動を感じながら、おもむろにその缶詰を手にとった。迷いはなかった。300円でそれを1つ買い、誰にも奪われまいとカバンの奥深くにそいつを仕舞った。缶詰なら腐る心配もない。カバンからとび出しもしない。缶詰はえらい。
 そして仕事を終え、いつものように近所の酒屋で缶ビールを買って家に帰った。いつもなら発泡酒なのだが今日はキリンのクラシックラガーである。なんといっても、アテがかにみそなのだムフフ…。そして家に着き、まず風呂でゆっくり温まり、ジャージに着替えると、お気に入りの映画「リアリズムの宿」をDVDプレイヤーにセットした。ラガーは冷凍庫でキンキンまで冷やされている。いよいよ、かにみそ缶の出番である。

 パクッと蓋を開けてみて驚いた。グレーのかにみそを頭に思い描いていたのだが、それは白いカニの身だったのだ。しばらく、何が起こっているのか分からずボーゼンとしていたが、ゆっくりと缶詰のラベルを見てみると、大きく書かれた「かにみそ」の文字の横に、小さく「入り」と書かれているではないか!!
 くやしくてくやしくて、キンキンに冷えたビールをぐわっと飲んでみたがしかし、よく考えてみれば300円でかにみそがタップリつまった缶詰など買えるわけはなかったのである。魚介たちを見ると瞬時に神経が逆上してしまうこの体、なんとかならんものか。そして俺は、右手に握りしめたスプーンをそっと箸に持ちかえると、すこし落ちつきをとり戻して白いカニ身を食った。白い身のところどころにチョロチョロと見え隠れするグレーのかにみそのカケラのようなものが、なんだか淋しかった。

 そんな経緯があるからして、「かに道楽」で正統派のかにみそを早急に食う必要があったのだ。このまま、かにみそにありつけない日々が続いては精神衛生上よくないのである。
 というわけで「焼肉に行こう」などという意見は眼力でねじ伏せてカニ案は可決、即座にタクシー2台に飛び乗りカニづくしコースにかぶりついた。かにみそは小鉢にチョロっとだけだったのだが、混じりっ気なしのホンモノにありつけて実に満足であった。

 姉の結婚式は、三条御幸町にあるセント・アンドリュース教会で行われた。両家の親族と有人知人数人のみの小ぢんまりとしたものだったが、とても陽気で良い結婚式だった。気の知れた人ばかりなので堅苦しい挨拶なんかもなかったし、カラオケをやったり身内クイズをやったりと終始楽しかった。そしてその中で俺と妹はウクレレの演奏をした。練習期間は2ヶ月もあったのだが、俺の仕事の都合と妹の大学の休みがうまく合わずに、二人で練習できたのはほんの数時間だったので不安だったのだが、酒の勢いと場の雰囲気に助けられてうまくいった。
 式が終わるなりすぐ、姉たちは新婚旅行でモルジブに出発した。

 結婚式での演奏以来、妹はウクレレにハマってしまったようだ。今年の夏に、妹に誕生日プレゼントとしてウクレレをあげたのだが、それは姉の結婚式で一緒に演奏する約束をしていたからだ。あげた当時はそう興味もなさそうだったのだが、最近は俺が実家に帰るたびに、新しい楽譜を買ってきてくれ、と言うのである。ウクレレを贈った側としてもこれは嬉しいことで、ついつい買ってあげてしまう。
 俺も初夏あたりからどっぷりとウクレレの魅力にハマってしまっているのである。
 最初はギターが弾けるようになりたくてギターを物色していたのだが、いろんなところに持ち歩きたいので普通のギターではデカすぎるなと気付き、ミニギターを購入した。が、それでもまだデカすぎる。キャンプ道具のつまったザックにくくりつけておけるくらいの小型の楽器が欲しかったので、ウクレレがばっちり適任だったのだ。そう気付いてすぐにミニギターを同居人のダッチョに譲り、ウクレレを購入。コロコロとした音色がかわいくてすぐ虜になってしまった。夏の暑い時期、仕事の休みの日には夕暮れあたりから川原で缶ビール飲みながらぽろぽろとウクレレを弾き、蚊に刺されながらも練習を続けた。仕事の日も、イヤな事があっても昼休みにウクレレをぽろぽろ弾いているとなんだか穏やかな気分を取り戻すことができた。ウクレレの音色を聴いていると、なんだか優しい気持ちになれるのだ。