ブルーマン、ここにあり。

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 あるとき知人が「ブルーマン」の話題をもちだした。
 ブルーマン。ニューヨーク発の全身を青く塗ったエンターテイナーのことである。全世界を熱狂させるパフォーマンスを誇る超人気グループなのだそうだ。

 その話を聞いているうちに、ある幼少期の記憶が鮮明によみがえってきた。

 それはまだ俺が小学2年生の頃、うちの小学校では夏休みの校庭で「親と子の夕べ」という夏祭りが毎年催されていた。そこでは毎年、仮装大会が開かれていて、うちのオカンは今年それに出ろと俺に言ってきたのだ。隣に住むミチという幼なじみの同級生とそれに出たらどうかと、なぜか強引に迫ってきたのである。
 きっと普段の井戸端会議で話がはずみ、いきおいでお隣さんと「出ましょう出ましょう!」などと意気投合してしまったのだろう。
 そして小学2年の俺たちには、その事態があまり飲み込めずにいた。

 夏休みに入った俺たちは毎日ザリガニやセミの捕獲に忙しく、あまりその夏祭りのことは意識せずに過ごしていた。正直、そんな大人の催す行事より、毎日の虫取り網の穴の補修のほうが重要だと思っていた頃だった。そうして、その夏祭りの日は俺たち男子のまえに突然やってきたのだ。

 昼過ぎからすでに母はウキウキと何かの準備をしていた。今思えば、それは俺とミチの仮装大会の衣装の準備だったのだろう。そんなことは気にせず俺たちはチューペットをくわえながら今日獲れたセミの数を数えていた。そしていよいよ祭りのはじまる夕方。

 驚愕した。俺たちは今日、赤鬼と青鬼に仮装することになっていたのだ。なんと安易な…と子供ながらに思った。二人とも母につかまえられ、全身をペンキで赤と青に塗らていく。もちろん嫌がって逃げ回ってはみたものの、どっちにしても塗られるならムラなく塗ってもらいたいもので、結局はじっとして塗られるわ塗られるわ…。ふたりとも全身赤と青になった。どっちが赤でどっちが青だったかは覚えていない。ブルーマンというエンターテインメントグループが登場するとっくの20年ほど前に、俺たちはブルーマンでありレッドマンであったのだ。
 そして本番の時間がきた。

 夕暮れの小学校の校庭には、小学校の全校生徒やその保護者、近隣の住民たちで千人ほどの混雑ぶりであった。舞台はこの日のために立派に設えられた大きなものである。スポットライトが当たり、地域の夏祭りにしては立派な設えであった。そして仮装大会は始まった。
 みんないろんな手作りの衣装を着て、なにやらマイクで司会の人としゃべっている。しかしそんなものは俺とミチの目には入っていなかった。ラムネのビンのなかのビー玉をとりだすほうが目下のおおきな課題であった。今日いきなり赤と青に塗られて、今日はじめて何に仮装するのかを知り、本当に出るのかどうかさえ、そのときは半信半疑であった。
 しかし非情にも、そんな混乱のなか俺たち二人の名前が舞台のスポットライトの中から呼ばれてしまったのである。

 赤と青の俺たちはオドオドと壇上にあがる。同級生やその親、ご近所さんたちが大勢見ている。見渡すかぎり黒い人だかりである。なにかワケのわからないまま舞台に立たされた俺たちの緊張は突然にもピークにさらされた。漏らしそうだった。
 追い討ちがきた。
 司会のひとが「さぁー赤鬼さんと青鬼さんがやってきました!鬼さんたちは何をやってくれるのかなぁ!?」
 と、テンション高く、難しい問いかけを浴びせてきたのである。そして再び言っておくが、その時の俺たちは小学2年生である。

 立ち尽くした。ただ緊張にふるえ、マイクの前にプルプルしながら赤と青の顔を見合わせるしかなかった。もちろん完全にノープランであったし、機転を利かせられるような歳でもなかった。無言は続いた。1分だっただろうか、3分だっただろうか。

 舞台から降りた俺たちは泣きながらそれぞれの母にネコパンチを連打するしか仕方なかった。二人とも、赤と青のペンキを洗い落としてからもずっと泣いていた。

 ミチはつい半年前、小学校のときに片思いをしていた同級生と結婚した。もう二人とも大人になっている。きっともうそんな無茶振りをされても機転を利かせられるようになっていることだろう。
 …そのはずなのだが、俺に限っては無茶振りに対して、まだあの頃と同じように全身真っ青になってスポットライトのなか立ち尽くしている。トラウマなのだろうか。頭のなかも真っ青になって、視界の風景がピタッと止まる。あのときと全くおんなじだ。

 きっと俺が青のほうだったのだ、青鬼だったのだ。だからブルーマンの話を聞いたときに、急にこんな古い記憶がよみがえってしまったのだ。
 誰かを熱狂させるようなことは決してない、ただのブルーマンはここにいるぞ。