家島チャリン

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 Kとまた家島に出かけた。Kは家島上陸が今回で2度目だ。いつも家島では、家島天神祭の写真を撮るときにいろいろお世話をしてもらっている奥山芳夫さんの経営する「はりま旅館」に泊まるのだが、今回はKが1年前に泊まった「やま一荘」に泊まることにした。なんでも、1年前の宿泊以来ずっと家族ぐるみの付き合いが続いているとかで、お礼も兼ねての再訪である。

 大阪を始発で出発するつもりだったのだが、すっかり寝坊してしまって、家島についたのはもう昼の3時ごろだった。少し日がかたむきはじめた真浦港に降りたつと、いつもの家島のあたたかな光景がむかえてくれた。Kがとても懐かしいものを見る顔になっている。数えてみると、俺はもうこれが7度目の上陸であった。港のすぐ近くで魚の露店を出しているオバチャンに挨拶し、いつものように菅原モータースでレンタサイクルを借りて、まず、はりま旅館に挨拶に向かう。
 引き戸をガラリとあけると、いつもどおり奥山のオッチャンは土間においてあるプラスチックのレジャー椅子に腰かけていた。ここがオッチャンの定位置なのである。なにも連絡せず訪れたので、びっくりした表情で俺とKを見上げていた。はりま旅館の1階部分のここでオッチャンは海産物の干物とタバコを売っている。ここの干しエビとちりめんじゃこは本当にうまい。店のおもてには「はりま旅館」の看板と、「はりま鮮魚店」の看板があるが、売っているのは乾物なのが不思議である。毎日オッチャンはこのプラスチック椅子の定位置で、ひっきりなしにやってくるお客さんを待ちかまえていて、一日中そうして訪れるお客さんとのおしゃべりを楽しんでいるのだった。俺とKもとりあえずその隣にすわり、オッチャンの最近の話をきいた。チョコレートの食べすぎをお医者さんに叱られたのだ、と照れくさそうに語るオッチャンがかわいい。
 今回はやま一荘さんに泊まるよ、ということを伝え、念のため翌日の空室状況をきいておいた。あした、気分よくもう1泊したくなったとしたら、はりま旅館に泊まろうと思ったのだ。

 そして自転車をこいで、やま一荘に向かう。真浦地区のはじっこの丘のうえにあるやま一荘へは、坂道をのぼり、急階段をのぼってたどりつく。玄関で女将さんが手厚くむかえてくれた。しばらくの歓談のあと、部屋に案内してもらってやっと荷物をおろした。今回はなかなかの大荷物なのである。というのも、今回の家島の旅の目的は「アオリイカを釣る!!」というものなのだ。ということで二人分の釣り道具がドカンとある。しばし部屋でやすみ、夕暮れ前に出撃した。
 島の裏側の網手港でサオを出した。周りにも4、5組の釣り人がいるが、イカを狙っている人はおらず皆ちいさなアジを狙っているようだ。イカは船から釣るもんじゃないのか?と思う人も多いだろうが、アオリイカというのは岸から釣れる。そしていろんなイカの種類のなかでもっともウマみがあると言われるアオリイカのその身は、表面コリコリ中もっちり、甘みがふかく本当においしいのだ。Kはイカ釣りはこれが初めてである。しかし初回から見よう見まねでなかなかサマになっているではないか。俺もサオを出してみるが、なにやら魚たちの気配を感じない。潮も止まってしまっていて全く流れていない。
 どうやら周囲の釣り人にも魚の反応は薄いらしく、隣のオジジは「潮がよくねぇわ、今日はあかん」とフテてタバコをふかしているし、他の数組はもう帰り支度をはじめたりしている。

 日が沈む前後の、いちばん魚が釣れるタイミングでサオを出しているはずなのだが、どうやら不穏な空気である。あぁぁぁあのコリコリもっちりを食いたい…食いたい!と必死にサオを振るが、反応なく時間だけが過ぎていく。一方でKは、単純にサオを振ること自体が楽しいようで、なぜか釣れなくても明るい顔である。
 そこで突然、俺のポケットで携帯が鳴った。職場からだ。電話をうけると、受話器の向こうはなにやらあまりよろしくない事態の様相である。そのままどんどん長電話に突入していった。目のまえでは太陽が海にぐんぐん沈んでいく。横ではふっはふっはとKが必死にサオを振っている。目のまえの海中ではイカが大挙してこっちに押しよせているかもしれない!という妄想とたたかいながら、電話口の上司の話をきく。長い、ながい…。
 電話を終えたころには、あたりはすっかり夜闇につつまれていた。さっきまで楽しそうにサオを振っていたKは、気がつけば堤防に座りこんでいた。どうやら仕掛けが海底にひっかかってしまったらしく、にっちもさっちもいかず、ずいぶん前から釣りをあきらめて暇をしていたようだ。すまぬ。もうずいぶん空気が冷えてきており、おまけにハラがへってきたので宿にもどることにした。
 釣り道具をまとめ自転車にまたがると、なんと後輪がパンクしていた。まだ自転車を借りてわずか3時間たらずである。なんだか全体にツイてないぞ…という気持ちがムクムクと湧きあがるが、だめだだめだ、せっかく楽しく島旅に来ているのだから!と無理矢理ルンルン気分をつくりだし、がしゃこんチャリンがしゃこんチャリン!というけたたましい音をたててニコニコと発進。がしゃこん、とパンクしたタイヤが1周するたびになぜかベルがチャリンと1回、律儀に鳴るのである。もうこれには己の無理矢理ニコニコ顔にも律儀な「チャリン♪」の音とともに「いらっ!」が1回まじり、ニコニコがしゃこんチャリンいらっ!ニコニコがしゃこんチャリンいらっ!と一定リズムで確実に神経をむしばみながら、ハラがへって余計にイラついている単純脳の俺のゆく先はやま一荘方面ではなく、いつのまにか菅原モータースを標的、じゃなかった、目的地とし、ニコニコ2イライラ8の割合に変わった顔でけたたましく乗りつけ、けたたましく呼び鈴を連打し菅原氏を呼びつけたのだ。