また夏がきた!と実感したのはごく最近のことで、実家をはなれて暮らすようになってからあんまり自然と接する機会がなかった。実家にいたときは毎日犬の散歩をしていたので、ああ、だんだん暑くなってきたな、とか、セミがうるせい!とか、川のせせらぎ気持ちいい、とか、何かしら毎日自然と接していたのだ。しかし今は昼前にのそのそと布団から這い出し、ぱっぱと支度をして自転車通勤、ここではじめて日光を浴び、あとは窓一つない職場でクーラーに冷やされ過ごせば、夜家に帰ってただただビールに飲まれる毎日である。まったくこれではイカン。
ひさびさに仕事の休みを得たので、とりあえず太陽を浴びに外に出ることにした。文句のつけようのない快晴である。あてなく自転車をこいでいると急に遠くに行きたくなり、地下鉄に乗ってとりあえず京都駅に向かった。まだ行き先は未定である。京都駅に着いて、大阪方面に行くか滋賀方面に行くかという選択を迫られたが、迷うことなく滋賀方面を選択。こんな気持ちのいい日にまで車の排気ガスを吸いたくないし、人ごみ苦手だし、ちょっといま人見るの疲れてるし…と、こんな晴天に相応しくないネガティヴな理由からである。しかしこの選択はきっと正解だったぞ!
車内のクーラー止めて窓全開で走ってほしいなーとか思いつつ窓の外に目をやると、ぐんぐん建物が減り、どんどん田園風景が増えてきている。長浜あたりまで行くつもりだったのだが、はやく外の空気が吸いたくなって手前の近江八幡で降りてしまった。そしてこの駅で降りたのも正解、ここからは沖島が近いじゃないか!と気付いて気分はぐんと良くなる。沖島というのは琵琶湖にうかぶ小さな島で、日本唯一の淡水湖のなかの有人島である。ずっとそこに行ってみたかったのだ。目的が決まったので沖島行きの船がある堀切港に向かってとっとこ歩いていったのだが、炎天下のなか1時間半の距離はけっこうツラかった。最寄り駅ではあるものの、けっして近くはなかったのである。途中、道端に立っている「すいか冷えてます」の看板がやたらと魅力的に輝いて見え、カブトムシのような顔になってスイカの店に立ち寄ってしまった。試食の冷えた甘いスイカをほおばり、値段を見るとまあ安いんだけど、さすがにスイカぶらさげた変なオジサンが島にとつぜん姿を現したらちょっとアブナイな、という正しい判断のもと、きっぱりと口をぬぐって店を出る。店のオババは不満そうであったが仕方ないのだ。
そしてまた歩くこと数十分、やっと堀切港に到着。しかしタイミングが悪く船はついさっき出たところだった。次の便は2時間後である。だーれもいない桟橋でただボーゼンと暇をもて余し、仕方ないので桟橋から足をなげだして水をばしゃばしゃしてみる。そんなことをしているうちにウトウトしてきたのでそのまま昼寝をすることにした。
あたりが少し騒がしくなってきて目を覚ますと、ちらほらと船待ちの客が集まってきていた。そして船が低いエンジン音とともに近づいてきているのが見えた。まもなく船は接岸し、下りる乗客数人と入れ替わりに船に客が乗り込む。俺もなんとなく逃亡者のような気分であとに続いて乗り込んだ。
乗客の大半は保険かなにかのセールスマン風で、観光客などは一人もいないようだ。けたたましいエンジン音のなか、みな妙に押し黙ったまま下を向いている。そんな雰囲気とは無関係に船は水しぶきとともにぐんぐん進み、島影は着実に大きくなっている。そして、あっちゅー間に沖島港に到着した。
やはり琵琶湖のなかとはいえ島独特の空気感があった。せせこましい家並みに細い路地、「湖魚料理」と書かれた赤いノボリの立つ食事処の扉は、見事にぴしゃりと閉まっている。漁港の隅では島のオジジたちがせっせと漁網をつくろい、漁協のまえで島のジジババがたむろして世間話をしている。漁協を通りすぎ、ふらふらと散策しながら写真を撮っていると、やたらとあちこちに猫が昼寝しているのが目についた。天敵の犬はこの島には一匹もいないようだ。そして車も一台もない。これだけほそく入り組んでいる道ばかりだと、車はまったく役にたたないのだろう。この島の乗り物は三輪自転車のみのようで、なるほど納得、なのであった。
ちょっと歩き疲れたのでヨロズ屋のような店にはいり、ワンカップ大関とシジミ缶を買う。それを持って、漁港とは反対側にあたる、島の裏側を散策してみた。民家が密集しているのは漁港の周辺だけで、島の裏側はちょっとだけ農園があるほかには何もなかった。コンクリ打ちっぱなしの細道が水辺に続いており、頭上には木の枝がオーバーハングしていて木漏れ日のなかを歩いていける。たいへん心地よい。風がすこし強めなので泳ぐには寒そうだけど、水はそこそこに澄んでいて気持ち良さそうだ。木陰になった水辺の岩にすわって水に足をつけ、ワンカップのふたをパコッと開けてぐいっとやった。湖面からの照り返しの太陽がきらきらしてるし、酒うめえし、誰もいねえし、暇だし、もうなんも文句ねえやあという状態に突入して、そのまま岩のうえでオヤジ寝してしまった。至福のオヤジ、沖島にて完成である。