こんな日もある

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 就活でまた東京に来てて、今さっき最終面接を終えてきたところだ。これが最後、そう思うと慎重にいこうというより大胆に本音のみでぶつかろうという気持ちになった。その結果、感触はよかった。

 面接を終えて脱力しきった俺はふらふらと荒川の河川敷にたどり着き、何をするでもなくしばらく川面や釣り師の垂れる糸の先を眺めた。のどかな風景、汗ばむくらいの陽気で、子供たちが走り回ってる。俺は文庫本を読み始めたけど、途中で面倒くさくなってヤメタ。その後はずーっと考え事をしてた。というと難しいことを考えてたみたいやけど、ぜんぜん大したことは考えてない。例えば東京に来るまでの夜行バスの中で食ったコンビニおにぎりは焼たらこより種なし梅のほうが良かったかなとか、それにしても3列シートの夜行バスは乗り心地がいいな、たった2千円アップであの快適さは素晴らしいなとか、面接の待合室でせっかくお姉さんがお茶を用意してくれたのに飲み残してしまったなとか、そんな考え事だ。
 ときどき目の前の川をボートが横切る。鉄橋の上を轟音をたてて電車が通過する。普段こんな光景を目にしても何も思わんはずやけど、今日はなんとなくそれを「あぁ、いいな」と思った。なんでかな。
 ずっと川べりで何もしない俺を、釣り師のオッチャンがときどき不思議そうな目で見た。そりゃ不思議だろうよ、もう2時間も何もしてないし。
 「あぁ、いいな」と何もしないのにもそろそろ飽きてきたから、河口に向かって歩くことにした。けど途中で(河口まで6キロ)と書かれた看板を目にし、アキラメタ。

 新宿に戻ることにした。朝、夜行バスから降りてすぐに西武新宿駅のすぐ近くのマンガ喫茶に入って、そこのリクライニングチェアのある個室が気に入ったから、またそこに行こうかと。平井駅に向かうため路地を歩いてると、古い板張りの家並や、砂利の細道に長椅子を出して将棋してるジイさんや、新聞紙を丸めてボール代わりにして遊んでる子供たちがいて、また「あぁ、いいな」と思った。
 平井駅に着いて、総武線に乗る。電車の中では高校生くらいの男が4人でずっと下手なラップを口ずさんでて鬱陶しかった。ラップが止まったかと思うと次の一言が「最近いつヤッた?」で、ウンザリした。脳内をループしはじめた下手なラップをなんとか消そうと、いろんな吊り広告に目をやった。扉のガラスに目をやると青いステッカーが貼ってあって(この車両は従来の半分の消費電力で運行しています)と書かれていた。そいつはスゴイな、とか思ってるうちにラップは頭から消えてた。

 新宿に着くともうすっかり夜になってた。土曜の夜の新宿の活気は今の自分には少ししんどくて、すぐにマンガ喫茶に入ることにした。9時から見たいドラマがあったので、PC個室ではなくテレビ個室を選んだ。PC個室は普通のガス圧チェアで、リクライニングチェアがあるのはテレビ個室だけ。今夜乗るバスは4列の窮屈シートやから、ここでの疲労回復は大事。お菓子をボリボリ食いながら大味なドラマを見て、リクライニングチェアを完全に倒してゴロゴロした。でもこの後に窮屈シートのバスに7時間も閉じ込められる事を思うとものすごくグッタリした。

 夜行バスは毎度当然のごとく時間に遅れて来た。ほんま毎度毎度30分以上遅れて来る。今回は40分も遅れて来た。その間、吹きさらしの道路の端に待たされて、寒くてたまらん。その寒さのせいでそこらのカップルの密着度も高くなって、それを見せられるこっちは余計に寒くなった。じゃあ見なきゃいいやん、って思うんやけど、ほんまに周囲みんなカップルだらけ。嫌でも目に入る。
 ようやくバスが到着した。乗り込むと指定の席は最前列の通路側で、ここが一番寒い席なのだ。これには体の芯からグッタリした。席に着いてもバスはなかなか出発しない。その理由が「お客さんが一人遅刻してて、その一人を待ってる」のだという事を知ってさらにグッタリした。待ってる間もドアは開きっぱなし、ドアに一番近い俺は寒くて震えるほど。やっとバスが出発したのは予定時刻から1時間後だった。

 さらにけしからん事に、そのバスの運転手が居眠り運転をした。ルームミラーの角度から運転手の顔が見えるのは俺の席だけで、居眠りに気付いてるのも俺だけ。ふとバスの挙動がおかしいと気付いてから、じょじょに車線を大きくはみ出し路側帯を走り、さらに防音壁スレスレまで近づき、ミラーが当たるんじゃないかというところまで来た。おい!と思ってルームミラー越しに運転手を見ると、完全に目をつぶってた。それを見て思わず「おい!」と言ってしまった。その声に運転手は目覚め、アッと驚いた様子でハンドルを切り、車体はグッとかしぐように車線に戻った。パーキングエリアに入って休憩時間になったのでその運転手をつかまえ、こっぴどく説教した。ホリエモンそっくりのそいつの口からは言い訳ばかりだった。他の客は本当にだれも居眠りに気付いてないみたいだ。
 その後は補助の運転手が運転した。若いけど信頼できる運転だった。でも不安は頭から離れず、京都まで一睡もできなかった。