バイク旅、名瀬へ帰還。

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 油井の集落を後にし、とにかく宿のある名瀬まで全力で戻らねばならぬ。なにせもう夕方といえる時間になっており、名瀬までの残りの距離は70キロ以上。今晩は会いたかった人との晩御飯という楽しみがあり、遅れたくない。それと、見知らぬ土地で真っ暗になってから、たった50ccの原付バイクを走らせているというのはとても心細いのだ。むか~し高校生の頃くらいに、原付バイクでひとり海を見にいく旅に出たことがあったが、そりゃ思いつきで夜に出発したもんだから、淋しいし怖いし山の峠道でヘビは踏むし、道には迷うし迷ってもなかなか気付けないし、しまいにはガス欠で真っ暗闇のなかバイク押す羽目になったし、まあそんな大変な経験がちょっと頭をよぎって、日没に怯える生物となって吼えながらメーター振り切る爆走を演じることとなったのである。

 油井から、まず大きな峠をこえて田検という海岸まで出なければならない。このまま入り組んだ奄美の海岸を走っていると遠回りになり確実に間にあわないので、峠道をいってショートカットするのだ。観光マップを穴があくほど見つめ最短ルートを探し、フルスロットルで荒れた峠道を進む。まったく対向車もなければ追い越す車両もない。急いではいるけれども、木々の木漏れ日をきらきら浴びながら、誰にも汚されていない、まっさらな空気をいっぱい吸ってバイクを進めるのは気持ちが良かった。
 ずいぶん標高をかせぎ峠のてっぺんまで来て、どーんと海を見下ろす絶景に絶叫(ほんとに)しながら下っていくと、やっと対向にバイクの集団。と思ったら、キャンプ道具を満載した自転車の一群だった。平均斜度15%以上の急坂である。しかも一見して、それぞれ20キロくらいある荷物を積んでいるのである。10人ほどのその自転車の集団はみな顔をゆがめドボドボに汗をかき、中には女性も数名混じる若者たちであった。バイクのスピードをゆるめ「がんばれ!もう少し!」と声をかける。「えい!」と元気のいい声が帰ってくる。手をふって双方あいさつし俺もぐんぐん下っていく。
 ここで日の傾きが気になった。まだ5時手前であったが、もうずいぶん夕暮れの空色になっているのだ。ここから海岸線を突っ走ろうと思っていたのだが、それでももう間にあわないだろう。もうひとつ峠越えをしてショートカットしなければ。そしてバイクを停めて地図を見る。海岸に出ずに峠をいくと10キロはショートカットできそうだ。そしてまたルートを変更し、峠道に入っていった。のぼり道に入ってスピードが緩むと、じっくり体の芯から体が冷え切っているのを感じた。さっきの峠の下りがとどめになったのだろう、震えが止まらない。ここは3月にもかかわらず14℃もある南国の奄美大島のはずなんだが、年中暖かいというわけではないようだ。長袖Tシャツを重ね着して厚手ブルゾンまで着込んでいるのだが、海からの風がどこからともなく侵入してきて体を冷やしていく。準備が甘かったのか、原付バイクで島一周の計画がそもそも無謀だったのか。

 峠を越えて今里の海を見たとき、息をのんだ。そこにはどこまでも深く蒼い海が激しく波頭を躍らせており、沈もうとしている太陽が空を鮮やかに染め、でっかい海からでっかい爆風が体にぶつかってきた。言葉にするとどこでも経験できそうな情景だが、ここのそれはスケールが違った。海の蒼さが半端ない、空の鮮やかさも現実離れしたもの、風のデカさなんて木々が幹からしなるほど。奄美に来て、本物の自然の力を体感した瞬間だった。もっとも、こんなのは奄美の人々にとって日常のことなのだろうけども。
 峠を下って今里の集落に入ってから、感動した自然の姿をカメラに収めつつ走った。ところどころバイクを停めてカメラを構え、走りながらも撮り、名瀬に近づいていったのだけれども、やっぱり奄美の自然のでっかさは俺の小さなカメラなんかに収まりようがなかった。半ばあきらめ、写真の腕をちょっと嘆きつつ、バイクは突っ走る。
 そのうち日が暮れた。もう風が冷たくてたまらない。あぁ、もうすっかり真っ暗になる!という直前に、はるか遠くに名瀬の街明かりが見えた。まだあの明かりまでは1時間はかかるだろう。しかし、この長い奄美バイク旅の終わりを感じ、ほっこり心がなごみ、バイクのスロットルを緩めていった。
 気がつけば鼻水を垂れていた。きっとずーっと前から垂れていたのだろう。なんだかまた楽しくなってきて、ずいぶん増えた対向車のライトを浴びつつ、笑って鼻水とともに名瀬の街に帰っていった。