賀正探検隊

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 正月の三ヶ日というのはたいてい家族でゆっくり過ごしたり、親戚の家に行ったり墓参りをしたり、そういうパターンが多いのだが今年はいつもとちょっと違う正月だった。
 まず家でぼけーっとテレビを見ながら年を越してしまう、というところはいつもと同じだったのだが、なんとなく除夜の鐘を叩きたくなったのでダッチョを電話で呼び出して近所の「長源寺」に行った。毎年ここでは甘酒をふるまっていて、鐘を突かせてくれるので年越しの午前0時あたりには人だかりができている。顔を刺すような冷気の中を少しわくわくしながら二人で自転車で向かったのだが、もう午前1時を回っていたので鐘の音も人だかりもなく、坊さんがあたりを掃き掃除しているだけだった。二人してガックリと肩をおとし、そのままズルズルと口数少なくコンビニに向かう。
 コンビニでは中学生くらいの男女がわぁきゃあとサルのような奇声を発して騒いでいた。俺たちオッサンふたりは「俺たちも昔はこんなに迷惑なガキだったんだろうなぁ」とぼそぼそ喋りながら酒コーナーに向かい、パック焼酎とおつまみを買ってため息をつき、自転車でダッチョの家に向かいながらまたため息をついた。どうも気勢のあがらない2006年の幕開けである。

 目を覚ましたのはダッチョの部屋の床だった。喉が異様に渇いていてつらい。昨日の夜は相当飲んだんだろうなぁと思って焼酎のパックを振ってみたが、まだ中にはたんまりと残っているようだった。ごく少量の酒で酔いつぶれて眠ってしまったのだ。部屋の床に転がっているペットボトルのお茶をごくごく飲んでいるとダッチョも目を覚ました。俺と同じようにお茶を飲み、ダルそうに天井を見上げて「あぁ・・・」と力なく言った。そうしてしばらくボソボソと喋ってはグフグフ笑い、正月のつまらないテレビを眺めてはまた寝転がったりしているうちに昼になった。
 ダッチョの弟二人が部屋に入ってきて「何かして遊ぼう」と言うので、近所を探検しにいくことにした。すばやく着替えてすばやく外に出る。あんまりモタモタ準備しているとだんだん外に出るのが億劫になってしまうからだ。「とりあえず霊法山あたりに向かおう」ということで、タツ(小4)、リョウ(小6)、ダッチョ(家事手伝い)、俺(大学6年生)の4人は歩き始めた。外に出ようと決まってからわずか20分後のことだった。

 タツとリョウに先導されるように田んぼのあぜ道を進む。さすが小学生、あたりの細道をよく知っている。そうして今日の目的の第一ポイントである「魔女の家」に到着。「魔女の家」というのは、このあたり子供たち誰もが恐ろしがって近寄らない、うすら寂しいたたずまいの廃屋である。山の斜面にへばりつくように建っている6階建ての家で、もうだいぶ古いのであちこちが腐っていて危ない箇所も多い。ダッチョを先頭にタツとリョウが続き、俺が最後尾を追って中に入っていった。
 まあしかし小学生が恐れているというのはその内側に入ったことがないからで、内側を知らないがばかりに生まれた憶測がだんだん怖いウワサのようなものに変わり、それがさらに小学生の足をその廃屋から遠ざけているだけなのである。しかし、それで良いのだ。そういう怖いウワサ話や「俺は魔女の家に入ったもんね」などという武勇伝もまた小学生には楽しいものなのである。
 中はただの民家そのもので、俺たちが小学生の頃に入った時よりもすこし荒れたかな、という程度であまり変わっていなかった。落書きがすこし増えていたり、床が抜けそうなところが増えていたりといった感じでそう長居しても面白くなさそうだったのですぐに外に出た。すぐに外に出たのはもう一つ理由があって、俺とダッチョはさっきあぜ道をぐんぐん歩いていたあたりからずっとウンコを我慢しているのだ。ここらあたりで外に出て、野グソに適した茂みなんかを探したいナ、という気分だったのである。
 しかし魔女の家から出てちょっと歩くとウンコの衝動も治まってしまったので、そのまま霊法山の方向に歩き始めた。この山にも「怪しい人に追いかけられた」とか「誰もいないはずなのに火のついたタバコがあった」等いろいろと怖いウワサがあって、俺たちはそのウワサの真相を知りたかったのだ。霊法山という名前はこの山の正式な名称で、名前からしていかにも怖そうで小学生の頃はそう簡単には近づけなかった。この山の麓の田んぼで遊んでいて、遊びに熱中するあまりに日が暮れてしまった時などは、怖さのあまり小便をちびりそうになりながらも何度も後ろを振り返り、怪しい人が背後に迫っていないか確認しながら走って帰ったのを覚えている。

 ずんずん山道を進んでいくにつれ、タツが露骨に怖がって表情を曇らせていた。リョウは好奇心たっぷりの顔をしている。ダッチョはウンコの衝動がまたやってきたようで、また二人とは違った理由で表情を曇らせていた。俺の腹はどうにか大丈夫そうだ。30分ほど歩いてちょうど目的の第二ポイントの廃屋に到着したところだった。ダッチョが「俺ここでウンコするから先に行っててくれ」と言うので、リョウとタツと俺は第二ポイントを過ぎて先に歩いていった。ここまでは広い林道だったのだが、第三ポイントへ行くには少し険しい細道を登る。細道を登っていると、大きな岩にむしたコケが見事だったので写真に収めようとカメラを構えた。すると突然、細道の奥のほうからオフロードバイクのエンジン音のようなけたたましい音がバババババっと聞こえてきて、それに動揺したタツとリョウはギャーッと叫びながら一目散に山を駆け下りていった。その瞬間の二人の恐怖の表情がおかしくて、俺はその場にすわって笑いながら二人が駆けていくのを見ていた。細道の下にはダッチョがいるから大丈夫。ん?ダッチョはいま野グソ中・・・ま、まずい。まずいぞ!弟たちに野グソの姿を見られるぞ!笑い者になるぞ!
 そうして野グソを見られたのかどうかハラハラしながら細道で待つこと数分。ダッチョと弟二人が一緒に登ってきた。「二人に見られたん?」「いやー、ちょうどズボン上げて立ち上がったとこ」。そうかよかったなぁと思うと同時に、口の端で「チッ」と舌打ちしたことは内緒である。そしてバイクの音だと思ったそれは、林業のおじさんが杉の枝打ちをするチェーンソーの排気音だった。

 第三ポイントは小学生の作り話的ウワサというものではなく、24歳になった俺たちにも十分に謎に満ちていて少し恐ろしい気分であった。先ほどの林道から細道に入るところに「鬼法教総神苑」という案内看板が出ており、そこに向かっているのだ。こんなに家の近所にある山なのに、その山のこの「鬼法教」の実態は岩倉の誰もが知らないというところがずっと今まで謎だった。
 もうすでに霊法山の頂上付近まで来ているようで、上空の木々の隙間から青い空がのぞくようになった。道はだいぶ険しく、4人とも息があがっている。麓ではすっかり溶けていた雪もこのあたりではしっかり残っており、足元はすこぶる悪い。雪の斜面をのぼり倒木を越えていくと、ついに「鬼法教総神苑」の看板とともにその鬼法教の敷地らしき所に到着した。敷地の入り口には鉄の門があり、がっちりと鍵がしてあった。門の脇に「入山料300円」と書いてある。どうやら立入禁止という訳ではなくその入山料を払えば入ってもいいようなのだが、どこにも人の姿はなく、入山料をどこに納めればいいのか分からなかった。門にはがっちり鍵がかけてあるのだが、門の両サイドには塀も何もないので簡単に入ることができる。思いきって入ってしまおうかと悩んだが、タツがもう怖くて怖くてたまらないという顔をしていたので、ここで引き返すことにした。この位置からは木造の建物が一つとプレハブが一つ、数体の仏像と山のずっと奥まで続く石の階段が見えた。

 引き返すと知ってタツは安心したようで、ぴょこぴょこ跳ぶように山道を下っていた。登りは険しい急斜面だったのだがそのぶん下りは楽なもので、あっという間にもとの林道まで戻ってきた。ダッチョがウンコをするというのでやり過ごしてしまった第二ポイントの廃屋に入ることになったのだが、第一ポイントの魔女の家と同様、ここも特に怪しいものなど何もなかった。安心したというか残念というか複雑な気分で廃屋を出て、林道に戻って山を下ろうとしたその時、リョウが「こんなもの来た時はなかったのに!」と叫んだ。林道の脇の小川に鮮やかなピンク色の紙がたくさん浮かんでいる。もしかしたらウワサの怪しい人がすぐ近くにいるかもしれない!その場の空気が戦慄した次の瞬間「あ、それ俺がさっきウンコ拭いた紙やわ」とダッチョが恥ずかしそうに言った。