海が呼んでた

当サイトでは、著者ぼっくりが実際に買ってよかったモノや気になるモノなどの紹介に、一部広告リンクを使用しています。

 10月末に出演するイベントのミーティングがあるので、夕方から心斎橋に向かう。30分ほど早く着くつもりで家を出たのだが、途中で小便がしたくなりコンビニを探していたせいで、到着は集合時間ぴったりになってしまった。集まった出演者と堀江のバーに行ってミーティング。俺には他の出演者はみな初対面なので少々緊張したが、みな気さくで愉快な人たちばかりでよかった。楽しいイベントになりそうだ。喉が渇いていたので生ビールを2杯たて続けに飲む。グラスが凍るほどに冷やされていたので、渇いた喉にスカッと効いてくれた。
 ミーティングは和やかな雰囲気で終了、気がつけば11時前になっていた。もしかしたら京都から家までの終電が過ぎてしまうんじゃないだろうか・・・。
 そしてその予想は的中、5分遅れで地下鉄烏丸線の終電を逃す。困ったな、ここから家までタクシー乗ると高いからなぁ・・・と思いながら街を歩いてると、幼なじみがこの辺でダイニングバー「わがまま屋」の店長をしているのを思い出し、店を訪ねてみた。狙いはもちろん、閉店後に車で家まで送ってもらうことだ。タクシーに数千円払うならココで飲んだほうがいいや、と思ったのだ。友達はそれを快諾してくれたが、車はまっすぐ家には向かわずに別のバーで飲み直し。イカの沖漬けについて熱く語り合いながらヘベレケになるまで飲んで、結局帰れたのは朝の8時だった。

 翌朝、朝一の新幹線で大分県に向かう。ばあちゃんや親戚に会いにいくのだ。連休の初日なので満員だった。隣には社員旅行ふうのお下品おじじ達がガハハハと唾をまき散らしながら豪快に笑い、車内販売のお姉さんのケツにタッチなんかしている。あまりにウルサイので耳栓をして寝てしまった。やっぱり旅に耳栓は必携品である。
 小倉からソニックに乗り換え、ゆっくり景色を眺めながら缶ビールを飲んだ。この列車に乗るのは別府温泉に行く旅行客が多く、みんなにこやかな表情で車内の雰囲気もふんわりしている。その雰囲気もあってか、大分駅に着くまでまた寝てしまった。
 正午頃に大分駅に着いてばあちゃんの家に電話したのだが、どうも今は留守のようなので普通列車に再び乗り、西大分駅まで引き返した。西大分駅から歩いて数分のところに大分港があるので、そこで釣りでもして時間を潰そうと思ったのだ。やっぱり旅にコンパクト釣り竿は必携品である。
 大分港には着いたものの釣り人はだーれもいなくて、釣れるのかどうか心配だったが堤防の先端まで行き、まずはイカ釣りの仕掛け(エギ)をセットして投げてみる。するとまぁ小さいものの、アオリイカがうじゃうじゃ追いかけてくるではないか!体の芯がドーッと沸き立ち本気モードに突入、ものの30分で4杯釣り上げた。しかし目の前の海面をダイヤモンドフェリーの巨体がゆっくり通過していき、それを境にぱったり釣れなくなった。仕方ないのでそのまま堤防の先端で昼寝した。
 目が覚めると3時だったので再びばあちゃんの家に電話してみると繋がった。友達とカラオケに行っていたのだという。元気なばあちゃんだ。大分港からタクシーでばあちゃんの家に向かったのだが、目印にしていたガソリンスタンドが月極ガレージに変身していたので迷ってしまい、なかなか辿りつけなかった。
 なんとかばあちゃんの家にたどり着いて玄関の引き戸を開けると、奥の部屋からばあちゃんがひょっこり出てきた。腰は曲がってるけど顔色は想像以上に良かった。数ヶ月前はしばらく寝たきりで元気がなかったのだ。まあしかし今は友達とカラオケに行けるくらいに回復したことだし一安心、さっき釣ってきたアオリイカをさっそく刺身にして一緒に食った。切ってもまだ生きてるイカは、口の中でコリコリムチムチとはじけてウマかった。イカを食い終わって少しおしゃべりをするともう夜だ。ばあちゃんは7時には寝てしまうので、近くの酒屋にビールとつまみを買いに行って、仏間で一人で本を読みながら飲んだ。寝ようと思ったけど電車や港でやたら寝てばかりいたので、眠気はついに朝まで来なかった。

 次の日はいとこのケイタ兄ちゃんの家に泊まった。その晩は、うちのオカンの姉のヨシコおばちゃん夫婦も誘って焼肉屋に行った。そこで豊後牛を初めて食ったけど、ものすごくウマくて酒がすすんだ。ヨシコおばちゃんの旦那さんのマサミツおじちゃんが「全部おごったる!」と言ったので、さらにみんな遠慮なしにカナリ食った。そこで、次の日はヨシコおばちゃんの家に泊まる約束をしておばちゃん夫婦とは別れ、ケイタ兄ちゃんの家に向かう。その後、ケイタ兄ちゃんの友達もまじえて家で焼酎をたらふく飲み、大分県は釣り好きにはパラダイスだという話や関サバの話(どっちも魚の話だけど俺にはすごくウレシイ)を聞き、関サバの刺身を明日食わせてやる!と約束させて朝7時頃寝た。
 起きたら昼の2時だった。今日の晩はヨシコおばちゃんの家に泊まるので、ケイタ兄ちゃんとメシを食うチャンスは昼メシしかなかった。二人とも寝ボケ眼で店に向かう。が、到着した店を見て俺はビックリした。なんとまあ日本庭園の眩しい高級料亭だったのだ!ケイタ兄ちゃんの後ろをソワソワしながらついて行く。個室に入って次々に出てくる料理にもビビッタ。その日はたまたま関サバは無く残念だったが、代わりに関アジの活造り、続いて特上にぎり、タラバガニ、ウニ大盛り、エビ天、アワビなどなど・・・。あぁ、あぁ・・・と圧倒されていると、ケイタ兄ちゃんはさっそく自前のフォークでウニをがばっと取り、口に放り込んだ。ケイタ兄ちゃんは交通事故で体が不自由になって、手はフォークしか使えないのだが、ウニを食うのに限っては箸では太刀打ちできなかった。関アジの活造りは、まだシッポのあたりがヒクヒク震えていて、さっきまで生きていたようだ。身は脂がのっていてアジとは思えないほどの食いごたえだった。他ももう・・・想像にお任せしようっと。ごちそうさま!
 その店はバリアフリーになっていて車椅子のケイタ兄ちゃんも自分で入っていけるのだが、そういう店は打ち水などすべきでない。店を出ると、車椅子用のスロープのところにも打ち水がしてあって、ケイタ兄ちゃんは車椅子の車輪でその水を跳ね上げてしまい、手や服がどろどろに汚れたので落ち込んでいた。せっかく晴れてるから外に出たのに、打ち水のせいで台無しだ。しかし落ち込みながらも車に乗って、車を自分で運転するんだからケイタ兄ちゃんは大したもんだ。ケイタ兄ちゃんは20歳くらいの頃に事故を起こして、それから一生寝たきりを宣告されていたのだ。しかしリハビリを頑張ったおかげで今では自分で車を運転する。IT企業の社長でもある。友達もいっぱいいる。同じような境遇になった人も、諦めずに頑張ってほしいと思う。・・・俺も頑張らねば!!

 そのまま車でヨシコおばちゃんの家に送ってもらう。マサミツおじちゃんとヨシコおばちゃんが玄関先で出迎えてくれた。居間で一緒にプロ野球中継を見ていると、いとこのアッコ姉ちゃんも来てくれたので、晩メシは寿司を食いに行くことになった。昼に続いて海鮮!!幸せすぎる。そうと決まればすぐ寿司屋に行くことになった。そこでも感激したのは、なんでもネタがジャンボサイズなのだ。シャリの部分を丸々覆い隠しているというか・・・そのうえ新鮮なのでたまらない。京都じゃこんな寿司は絶対食えない。大分県バンザイ!と思いながら生ビールをぐいぐい飲む。
 ふと、後ろの席のお姉さんが携帯電話をかけ始めた。瞬間的にヨシコおばちゃんの顔が曇る。おばちゃんは心臓病を患っていて、心臓にペースメーカーを入れているので携帯電話が通話のときに発する電磁波で心拍が乱されてしまうのだ。平常時60拍くらいの心拍が、その影響で瞬間的に180拍にまで上がってしまうこともある。そのお姉さんが悪いわけでもないのだが、店を出ざるをえなかった。
 しかし気をとりなおして焼酎を買ってきて家で盛大に飲んだ。これが楽しかった。またまた朝まで飲んでしまった。5時ごろに焼酎がなくなったので、みんな寝る仕度をするが、俺は寝て覚めればもう京都に帰らなくてはいけない。ちょっと淋しい気持ちになりながら布団にもぐり込んだ。

 目が覚めると10時で、いとこのケイコ姉ちゃんが娘のミイナちゃんを連れて会いに来てくれていた。ミイナちゃんは1歳で、豆みたいにちっちゃくてかわいかった。もう言葉を少し喋るようになっていたので飽きずに眺めてたら、クッキーを食べながら寝てしまった。起こさないように静かにみんなとお別れし、タクシーで大分駅に向かった。

 がしかし、俺がこんなにあっさり海辺の町を後にするはずがないのである。急に思い立って、運転手さんに行き先を大分港に変えてもらった。イカ釣ってやる!!
 大分港に着くと先客が1人いた。アジ狙いのジイさんだ。その脇で釣りの準備をする。が、ここで事件が。誤ってイカ釣りの仕掛けをそっくり海に落としてしまったのだ。唖然とする俺の顔を見てジイさんが「あちゃーぁ」と言った。俺も悩む。イカが釣りたかったんだが・・・。仕方ないのでタコの仕掛けやカサゴの仕掛けを試してみるが釣れない。1時間ほどで諦めて、テトラポッドにくっついてる牡蠣を食うことにした。生ガキだ。ひょいひょいとテトラポッドを探しまわると、牡蠣を数個みつけた。まだ小さな牡蠣なのでなんだか悪いなぁと思いながら5個ほど取り、ナイフで殻をこじ開けて海水でサッと洗って食った。「いま俺の口の中に海が広がってるよぅ!!」と興奮しながら心の中で叫び、少し波の出てきた海やジイさんのアジ釣りの様子をぼんやり眺めた。用心のため胃薬も飲んでおいた。
 1時間ほどぼんやりして、今度こそきっちり大分駅に向かった。悔いは無い・・・と口の中に残る生ガキの味を噛みしめながらも、ジイさんの「あちゃーぁ」という声を思い出していた。
 列車の中ではイカめし弁当を買って食った。