午後4時に小浜市大飯郡の大島という小さな漁村に到着。早速テントを張るが、場所が気に入らず二度もテントを移動させる。
釣りをしたかったのだが、あまりにも釣れそうにない気配だったので今日のところはやめておいた。フラフラ歩いていると、近くにヨロズ屋を発見。バイ貝やサワラ、メバルなどが売ってあったが、自分で獲ればいいやと思って買わなかった。ポテトチップス、缶ビール2本、日本酒を買って店を出る。
しばらく歩いてテントに戻るとすっかり夜になっていた。ここはにぎやかな漁港には近いのだが、海沿いの少し険しい山をこえたところにテントを張ったので、人が通ることもなく安眠できそうだ。そして海から3メートルしか離れていない海沿いなので、テントの中にいても波の音が心地よい。唯一残念なのは、岸壁がコンクリートで護岸されていることだ。人が住むどころか通りもしないこんなところをコンクリートで固める必要があるのだろうか。
しばらくそのコンクリ護岸の上にすわって波を眺めながらビールを飲んだ。海をはさんだ対岸には釣り客のための民宿がたくさん並んでいて、その明かりが波に反射してゆらめいている。なんだか贅沢な気持ちになり、いい気分のままテントに入って読書することにした。
読書にも飽きたのでそろそろ寝ようとしていたら、対岸の拡声器のようなものから、「♪カラス~ なぜ鳴くの~」とヒビ割れた音楽が大音量で流れてきた。どうやら午後9時の時報のようなものなのだろうが、なんだか迷惑なサービスだなぁ。そういえば午後5時には「ほたるの光」が同じようにヒビ割れ大音量で流れていた。となると、朝にはラジオ体操の音楽なんかで起こされたりするのだろうか。
ヒビ割れ音楽ではなく、カモメのけたたましい鳴き声と漁船のエンジン音で目が覚めた。午前4時、漁村の朝はやっぱり早い。テントのジッパーを開けてみるとまだ真っ暗だった。漁船の明かりが海に浮いている。出港していく船を見ながらタバコをふかしているとすっかり目が冴えてきたので、釣りに出ることにした。湯をわかして味噌汁を作って飲み、体を温めてから出発。
2月の日本海なので当然ながら寒い。糸を結ぶ手がかじかんで、いうことをきかない。寒さのためほとんど釣りにならず、寝袋のぬくもりが猛烈に恋しくなってきたので、朝焼けを見るとすばやくテントに戻った。
テントの裏のちょっとした丘の茂みで野グソをすると、そこから漁港や民宿の軒並みが一望でき、それが朝日をキラキラ反射していてなんともすがすがしい。クソをしながらしばしウットリとその風景を楽しんでいると、7時きっかりにまた大音量のヒビ割れ音楽が流れてきた。せっかくのすがすがしい野グソタイムが台無しである。ドドドっとクソをひり落とし、少しムッとしながらテントに戻り寝袋にくるまって体を温めていると、気晴らしがてら浜辺を散歩したくなってきた。
コンクリ護岸をしばらく歩いていくと、護岸が途切れてコブシ大のゴロタ石の浜が現れた。ちょうど干潮のようで、浜の石のあちこちにいろんな貝が顔を出している。大ぶりのカキ3つとムラサキウニを1つ取って、火であぶって食ってみたが、どれもあまりウマくなかった。日は昇ってきたが今日は風が冷たくて、体感温度は昨日よりうんと低い。さむいさむいと身を縮めながら民宿のあるほうへ歩いていくと、しなびた釣具店を発見。釣りエサのオキアミを手に入れ、すばやくテントへ戻って釣りの用意をし、今度こそ本気の釣りがスタートした。
ところがである。釣れるもの釣れるものすべてフグばかりなのだ。釣り上げられて怒ってふくれているフグを針から外し、また海に戻すという単調な作業にもついに飽きてしまい、テントに戻って昼寝することにした。もう午後の1時をまわっていた。
目を覚ますと3時を少しまわったところだった。釣り客をのせた乗合漁船が次々に帰ってきている。たくさん釣れたのだろうか、今はメバルやタチウオやカレイのいい時期だからなぁ、などと考えているとまた釣りがしたくなり、まずは腹ごしらえということで大盛りのスパゲッティを作ってかきこむように食い、はりきって再び釣りに出発した。
しかし今度はまったく魚の反応すらなかった。真っ昼間だから仕方ないのかな、と思いつつ1時間ほどネバっていると、やっとウキに反応があった。よし!と力んで糸を巻きあげると、海面から上がってきたのは特大サイズのフグだった。それを見た俺はようやく観念し、釣りをあきらめてテントに戻った。
ぼんやり過ごしているとゆっくり日が落ちていき、次第に寒くなってきてすっかり夜になった。何気なく外に出て空を見上げてみてビックリした。もう気持ちわるくなるくらいたくさんの星が出ていたのだ。すっかり気分を良くして、日本酒を飲みながら空の星と波のキラメキを交互に眺めた。海面ではボラやエビが跳ねている。空のあまりの綺麗さに、寒さはまったく気にならなかった。まあアルコールの力もあるのだろうが。歌をうたいながら星を見ていたら眠くなってきたので、本でも読みながら寝てしまおう、とまたテントに入った。
本を読んでいるとついつい熱中してしまって眠気がとんでしまった。小さなテントの中で温かい寝袋にくるまってヘッドランプの明かりの中で本を読んでいる。漁港で船がアイドリングしている「ドロロロロロ…」という低いエンジン音が心地よい。またテントの周囲ではいろんな動物の鳴き声や足音が、単独行の寂しさを紛らわしてくれる。さっきはタヌキの足音であろう「トトトッ…」という軽い音がテントをとり囲んでいた。フクロウの鳴き声もたえず山に響いている。海からはときどき魚の跳ねる音がする。今はテントから5メートルほどの距離で、シカの「ピャン!」というかわいい鳴き声がしきりに聞こえている。そしてまた、そのシカの足音も遠くなっていった。次はどんな動物の鳴き声が聞けるのだろうか。そうして目をつぶっているうちに眠ってしまった。
朝はまたカモメの鳴き声とたくさんの漁船のエンジン音で目が覚めた。しかし昨日より遅い午前7時前だった。テントのジッパーを開けると目の前の海はちょうど干潮で、海面から顔を出した岩についているノリを初老のおばあさんが摘み取ってカゴに入れていた。
今朝は昨日よりだいぶ冷え込みがキツく、テントはひどく結露してしまっていて寝袋もすこし湿っぽくなっていた。せっかく干潮なのでテントを出て俺も浜で貝探しをしてみた。するとそのおばあさんが親切に貝の種類を教えてくれた。地方に来るとこういう親切な人が多くてとても気持ちがいい。アサリとニイナがたくさん獲れた。俺はニイナという小さな巻き貝が好物で、けっこう簡単にいっぱい探し出すことができた。こいつらを海水に少し酒を加えたもので塩茹でしてムキ身にし、味噌汁に入れるとしみじみウマかった。
日が昇ってからとても暖かかったので、湿っぽくなった寝袋をそこらの倒木にひっかけて干した。その後なにもすることがなくなったので、懲りたにもかかわらずまた釣りに出た。すっかり定位置になった近くの堤防で釣り糸を垂れてみたが、もうなーんにも反応はなく、退屈だったのでタバコをやたらと吸いながら堤防に寝ころがって目をつぶっていた。地引き網漁の船のとどろきが遠くから聞こえる。鼻の先を風がひょうひょうと通っていく。近くで魚の跳ねる音がしきりにしていたが、目をつぶっているのが心地よくて、釣りのことはもうどうでもよくなっていた。日光の当たる体の前面はぽかぽか暖かく、コンクリートの当たる背面はひんやりとして気持ちがよい。寝ころがって目をつぶったまま、そういえば昨晩寝ているときにも魚の跳ねる音がしていたな、などと思い出しているうちに本当に寝てしまった。
目を覚ますとすっかり日が高くなっていた。時計を見ると午前9時。そろそろハラが減ってきたのでテントに戻ってまたスパゲッティを大量に作ってガッツリ食った。干しておいた寝袋はすっかりフカフカに乾いていた。まったく天気がよくてすがすがしすぎるぞ。
だが悔しいことに、もう今日帰る予定なのだ。帰りを明日にズラすとどうやら雨になるらしいのだ。雨のなかのテント撤収ほどわずらわしいものはないので、快晴のうちに帰ってしまうことにしたのだ。そうすると、このおだやかな風景が急に愛しくてたまらなくなってしまった。時間をおしむように辺りを眺めまわし、きっと最後になるであろう野グソをしに、テント裏の茂みに身をかくした。